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岸本さんインタビュー


岸本さんは、普段は福祉の施設にて知的障害者のサポートを行いながら、著作や翻訳に打ち込む気鋭のフォトジャーナリストです。今回出版された『素顔のイスラエル』は、パレスチナ問題を市民の視点から見据えた作品になっています。今回は、岸本さんに本作品を書かれた動機など、インタビューさせていただきました。




― 本書の執筆のきっかけはどのようなものでしょうか?

前作の「Create the road」で、イスラエルやパレスチナの写真を使ったことがきっかけでしょうか。
しかし、あくまでも表面的なことであって、7年前から今まで心の中でひっかかってきたこともありました。
第1作を出すまで、漠然としたままで本を出版するということは考えてもいませんでした。
1冊本が書けたことで、新たな創作意欲が湧き、具体的な本の構成が思い浮かんだのでとりかかりました。


― ホームステイ先のパレスチナ家族との思い出について語っていただけますか?

7年という歳月が経過をしたにもかかわらず、たくさんの思い出があります。
短い時間だったとはいえ、パレスチナ人の家族と一緒に過ごせたことは貴重な体験でした。
それまで、パレスチナというと、兵士の姿やアラファト議長が演説しているイメージがあって、とにかく暴力的なイメージを思い浮かべがちでしたが、それは大変危険な偏見でした。
村の人々の心温まるもてなしを受けたことが最大の思い出です。
夜は腹いっぱいの御馳走をいただき、結婚式にも招待をしていただき、遅くまで語り合いました。
日本人の日常生活から政治の話まで幅広く深い話しができたと思いました。
日常の喜怒哀楽を直接、分かち合うことができて嬉しかったです。
正直、水タバコのことはあまり覚えていません。
私は、喫煙者ではないのですが、なんともいえない甘い香りが漂ってきたことだけを覚えています。
私達は、未知の出会いや出来事があると、とにかく経験や知識から判断しまいがちですが、余計な固定観念や偏見はなくさなければいけないと思いました。




― 日本の若者は仕事が終わった後、居酒屋で友達とお酒を飲んだりしますが、パレスチナの人々の夕食後の過ごし方などについて語ってください。

パレスチナの人々は、家族や親戚の人々との団欒を大事にしていると思います。
私が訪ねた村には、テレビを置いている家庭はほとんどないために日本のように子供達がバラエティ番組をみて笑うだとか、電子レンジもないのでコンビニ食を持って帰ってきて、即席の弁当を食べるということもありません。
また、家族の誰かとも話をせずに1日が終わるということもないと思います。
食事が終わると、外にでて庭に絨毯をしいたり、椅子をおきます。
そうするとどこからともなく親類縁者が集まってきて腰掛けたり座ったりして談話が始まります。
入ってくるのは、男性を表に立てるイスラム社会だからでしょうか、全てが男性です。
誰かがミントティーを振舞ってくれて、出入りは自由で次々と誰かが入っては出て行くという感じで夜中まで明るいテンションが続きます。
好奇心も旺盛で日本のことをいろいろと尋ねてきました。
アラビア語を少しまくしたてて感情を表に出して真面目に議論をしているので感心をしましたし、老若関係なく参加をしているので開放的な雰囲気が気にいりました。
最近の、日本の居酒屋ですとたいがい予約制になっていて、始まりの時間と終わりの時間が決まっています。
そして、話す会話もほとんど決まっていてストレスを解消することが多いのではないでしょうか。
日本にも、こういう開放的な雰囲気の居酒屋があってもいいのかもしれません。




― テレビやコンビニがない生活がかえって贅沢に見えますね。時間のゆとりがあるというか…。では、オウドを使ったパレスチナの民謡に関心があるとのことですが、少し説明していただけますでしょうか。

個人的に弦楽器を使用した民族音楽は好きです。
シタールやマンドリンの演奏をよく聴きます。
ですから、オウドの演奏を聞いた時にビビビと来るものがありました。
収録されている写真は、とても大切にしている一枚です。
恥ずかしながら、写真に写っている青年が弾いていたときに楽器がオウドということを知ったのは、この執筆を始めたてからです。(笑)
とにかく、アラブの民族音楽は歴史が長く奥が深いので驚きました。


― 杉原千畝氏への思いを語っていただけますでしょうか。

西エルサレムの郊外にヤド・バシェムというホロ・コーストで亡くなった人々を悼む記念館があります。
その建物の周辺には、たくさんの杉の木が植えられているのですが、根元にユダヤ人を助けた人々を讃える顕彰碑があります。
杉原千畝さんの顕彰碑を見つけた時は、尊敬の気持ちが涌いてきました。第2時世界大戦の緊迫した最中で、リトアニアの日本領事館へユダヤ人が日本行きのビザの発給を求めて殺到をしてきたときに、杉原さんは枢軸国側であった日本政府の意向を汲みとらなければならない立場だったと思います。
様々な文献やドキュメンタリーをみたのですが、最終的に個人の良心に従った決断だったのではないかと思います。
いずれにせよ、人種や国家や法という当時の枠組みにとらわれることなく、一人でも「人の命」を救うということに全力を尽くした杉原さんに、とても心をうたれました。


― こうして写真を見てみると、いかに今でも杉原さんが尊敬されているかがわかりますね。それでは、ラビン首相、そしてシャロン首相という対照的なリーダーについて語っていただけますでしょうか?

これはたいへん難しい質問ですね。(笑) 
思いというのは特にないのですが・・・。ラビン元首相に関しては、お墓を訪問したり、パレスチナ問題の本を読んでいくうちに、中東和平を進めていくうえで、大変な役割を果たしていたことです。
ですから、平和の集会で暗殺をされてしまったのは、今のパレスチナの情勢をみてみるととても残念でしかたがありません。
それから、二人の経歴をみてみると、どちらも軍人として中東の戦争で指揮官として戦ったのです。
ラビン元首相は、インティファーダを契機にパレスチナ政府に歩みよっているのですが、シャロン首相は、和平交渉に応じることなくパレスチナ政府に対して強硬な姿勢をとり続けています。
政治や外交など様々な側面から分析した書籍がたくさんでていますが、人物に注視してみると興味深いような気がします。
確か、ラビン首相に関しては、「ラビン回想録」が出版されていたので読んでみようと思います。




― どうもありがとうございました。


岸本雷太プロフィール
岸本 雷太(きしもと らいた)
1974年1月5日生まれ
大学卒業後、教育研修企業に1年間勤務。
退社後、1999年夏にイスラエル・パレスチナ訪問をきっかけに、
ITの派遣エンジニアを点々とする傍ら、市民活動に関わるようになる。
2004年春から東南アジアで選挙監視や民主化支援を行っているNGOにてインターン。
ホームページの企画・運営を中心に広報事業に携わる。
2005年夏からテーラワーダ仏教を学びはじめる。心の仕組みを理解し、より幸福
な人生がおくれるよう学んでいる。
また、福祉の施設にて知的障害者のサポートを行っている。
また、現在菩提樹文庫で翻訳者としても活躍している。
菩提樹文庫
http://www.geocities.jp/bodaijubunko/