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陳澤民さんインタビュー


陳澤民さんは、プログラマーとしても活躍されている作家です。そんな陳さんの『歴史好きの素人が語る歴史』は、アジア史に関するエッセイです。少しでもアジアの歴史に関心のあるかたには、うってつけの1冊となっています。今回は、陳さんに本作品を書かれた動機など、インタビューさせていただきました。




― 本書の執筆のきっかけはどのようなものでしょうか?

3月末に、星編集長から、出版のお誘いを受けたのがきっかけです。
今年の1ヶ月末から、メールマガジンを発行しておりました。
それをきっかけとして、内容を見直し、再構成したものが本書です。
妻が台湾人であったため、台湾の歴史に関心がありました。
台湾には、中国と異なる『台湾の歴史』があります。
その歴史には、近世以降、日本も密接な関係があります。
現在の台湾と中国の関係を理解するには、台湾の歴史を理解する必要があります。
台湾と中国の関係の変化は、日本にも重大な影響をもたらします。
多くの日本人に、台湾の歴史を理解し、日本の今後を考えていただきたく思います。

台湾以外の歴史では、日本の歴史もそうですが、これまでとは違う角度で描いてみました。
年号や年表の記憶にとらわれない歴史を楽しんでいただければ、幸いです。


― 歴史に関心を持たれるようになったきっかけは何でしょうか?

中学の歴史の先生へのあこがれと初めての外国旅行ですね。
その歴史の先生は男性ですが、別におかしな関係、趣味ではありません、念のため。
小学校から、地理が好きで、毎日、地図を見ていたことを覚えています。
地理と歴史は密接な関係がありますから、同時に歴史にも関心を持ったのでしょう。
社会人になり、経済的にゆとりができると、国内をあちこち旅行していました。
そして、1975年2月、ついに外国へ行ってしまいました。
団体旅行でしたが、目的地はフランスのパリでした。
ベルサイユ宮殿の『鏡の間』を見た時の興奮は、いまでも忘れません、と言いたいのですが、実はよく覚えていません。
初めての外国旅行で、熱病にうなされているような状態であったのかも知れません。
1870年、ビスマルクが宰相をつとめるプロイセンが中心となってドイツ帝国の成立が宣言された、その場所が『鏡の間』なのです。
近代のヨーロッパ史の書籍、教科書では、その場面が必ず掲載されています。

同年7月、台湾の台北に個人で行きました。
もちろん、台北郊外の故宮博物院にも行きました。
そこで、唐三彩の馬を見たのです。

教科書でしか見られなかった事物を、自分の目で見られた喜びを文字で、表現することは不可能ですね。
台湾と中国の歴史を知らない人でも、なぜ、中国文明の国宝級の文物が台湾にあるのかと考えるでしょう。
歴史に限ったことではありませんが、疑問をもつことが理解を深める、第一歩であると考えています。


―陳さんの愛読書について語っていただけますか?

特定の一冊というものはありませんが、好きな著者であれば、佐藤雅美です。
この人は、『大君の通貨』で文壇にデビューしました。
ペリー艦隊の圧力で、200年の鎖国政策を放棄した徳川幕府は、欧米諸国との通商を始めます。

現在でも同じですが、自国通貨と通商相手国の通貨の交換比率が重要です。
交換比率決定の交渉過程が詳細に、なおかつ読者を飽きさせない筆で書かれています。
ただ、惜しむらくは、私の能力不足(謙遜ではありません)で、内容を、全ては理解しておりません。

他には、『居眠り紋蔵』シリーズ、『縮尻鏡三郎(縮尻は、しくじりと読みます)』シリーズが愛読書です。

推理力と行動力を持っていながら、『居眠り紋蔵』は居眠りという『奇病』により、閑職に追いやられた同心の話です。



『縮尻鏡三郎』は、大名の権力闘争のとばっちりを受けて、高級官僚を罷免された御家人の奮闘記です。
どちらも、現代でもよくある話です。

間隔をおいて読み直してみると、新たな発見があります。

メールマガジンの江戸時代の記述は、このシリーズから題材を得ています。

この著者は、江戸時代を『経済と治安』という面から描いています。
いつの時代でも、どの王朝、国家、政権でも、この『経済と治安』が確立されなければ、有効な統治を行うことは、できません。
それは、巨額の財政赤字と悪化する治安に直面している現代の日本でも同様です。
著者は、江戸時代という『過去』を借りて、『現代』に警鐘を鳴らしているのです。


― 台湾への思いを、お話いただけますでしょうか。

自分の生まれ故郷でない土地を『第二の故郷』という言い方がありますが、台湾は、私には『第1.5の故郷』です。

亡き父が持っていた地図で、『さつまいも』の形をした島を見て以来の思いでしょう。
その地図は、1945年以前の地図で、台湾、樺太、朝鮮半島が日本領土です。
『東京都』ではなく、『東京市』と記されていました。

台湾は、妻と息子、台湾の両親、弟、妹(妻が最初の子ですから、兄、姉はいません)の生まれ故郷です。
その台湾が、いつまでも、現在の平和な『美麗島』であってほしいです。
中国は「台湾は中国の一部だ」と主張していますが、台湾に住む大多数は、「我々は台湾人であって、中国人ではない」と思っています。

中国も、もっと大きな度量を持って対処してほしいですね。
武力で脅かすなど、大国のとるべき態度ではありません。


― 作品を描かれる上で、苦労した点はありますでしょうか?

地図、年表なしで、歴史に関心をもっていただける内容にすることです。
文章だけで、内容を理解していただければ、よろしいのですが。

わかりやすいことばを使ったつもりですが、ついつい難しいことばを使ってしまったかもしれません。
台湾史は、メールマガジンには間隔をおいて書いているため、文章のトーンが変わったり、内容が相互に食い違いがあり、それを見つけたり、修正に日数がかかりました。


― どうもありがとうございました。


陳澤民プロフィール

『陳澤民』は、妻が台湾人であった関係で、なんとなく名乗りはじめる。
中国の前国家主席とは、まったく関係なし、単なる偶然である。
中学生の頃から歴史が好きになり、世界史だけは常に100点を取っていた。
将来は大学で歴史を学び、歴史学の博士になるという夢を持っていたが、
そうならなくて正解であったと、今では思っている。
現在は、契約社員としてコンピュータのソフトウェア開発の最前線で
プログラムと格闘している。
老兵ながら、まだまだ現役である。
他の趣味は鉄道で、日本全国へ乗りに行った。
地方都市で、飲み屋に入った時に、その土地の歴史が
店の人や他の客との会話を円滑にする潤滑油になる事を発見した。
日本だけでは、もの足りず、台湾、フィリピン、タイ、マレーシアまで
足をのばした。
妻が台湾人(現在は日本人)であるのは、そのせいである。
日本史については、誰でも知っていることを、『違う視点』で語りたい。
日本に近く、日本の安全に寄与している台湾の歴史をやさしく語りたい。
本業に影響なければ、モンゴル史、ベトナム史なども語るので、ご期待あれ。