aware publishing
ホームへ お問合せ
買い物カゴの中を確認する

 電子出版のアウェアパブリッシング


はじめての方へ
エッセイ
素材集
写真集
学術・実務
えほん
思想・哲学
音楽
その他
インタビュー



戻る

トミー植松さんインタビュー


トミー植松先生は「百万人の英語」で20年間講師をお勤めになるなど、大変有名な先生です。今回は英語スピーチの秘訣や、先生ご自身のユニークな練習方法など、有意義なお話しを多数聞かせていただきました。

英語で紹介するニッポン とっさの英会話



― トミー植松先生が英語に親しまれるようになったきっかけはどのようなことでしょうか?

父親の仕事で中学まで外国だったのですが、日本語は両親との会話だけで、英語のみならず色々な言葉に接し、後年大學で言語学を専攻するようになりました。


― 大学生時代には全国大學英語弁論大会にて優勝されていますが、このときはどのような内容を話されたのでしょうか?

人間は環境よりも自分の心がけで不可能も可能にできる。理想は高く、その目的に毎日毎日努力をすることが大切。ハンディを乗り越え、不幸を幸に変えた人たちの具体例をあげ、諦めずに一歩一歩、確実に進んで行こう,大志を抱いて!と結びました。


― これがトミー植松先生優勝の決め手になった、というポイントはなにかございましたか?また、英語スピーチコンテスト審査員も950回以上もなさってらっしゃいますが、英語スピーチではこれが大切!というポイントはございますか?

当時はマイクロフォンを使用できず、声量も弁論術の一部でしたから、海岸に行って発声し、声が聞えるかどうかを人に聞いてもらいました。また、何百人いてもあがらない様に、公園や鉄道の大きな駅で通行人に向かって恥じも外聞もなく、喋り続けました。

日本語の演説と違って、英語のスピーチは具体的であること、必ず人を引き込む話題が必要で、
1.多分人が知らないような新しい情報を入れること、
2.情緒に訴えるようなエピソードを挿入すること、
3.全員が笑顔になるようなジョークか(新作!)か、自分の失敗談をいれること、
などが最小限度の要素です。


― 有名な「百万人の英語」も20年講師をなさっていますね。講師をなされるにあたって、とくに注意・重視されていたポイントなどございますか?また、とくに記憶に残っているエピソードなど、なにかございますか?

私の番組はディレクターから「好きなようにやって下さい」との寛大な指示があったので、永年3部構成で、第1部が「日常、頻繁に出てくる決まり文句を使った会話の練習」、第2部はラジオを聞いている人たちから希望者を選び、実際に電話をスタジオにつないで英語で話をし、その後で良い点、改善すべき点をあげて、コメントをしました。

第3部はその時の流行語を英語でどう言うかというコーナーで、当時流行った語句や、テレビのコマーシャルに出てくる語句をどう英語で言うかという質問が毎週何百通もきて嬉しい悲鳴を上げていました。





― マリリン・モンローとの記者会見で通訳もなさってらっしゃいます。記者会見の内容はどのような内容だったでしょうか?また、記者会見中でなにか苦労なさったことなどはございましたか?

記者会見の場合は記者クラブであらかじめ各社の記者からの質問をリストアップして、事前に先方に告げておくのが規則で、本人が答えたくないような質問は削除されます。従って、その場合も特殊な質問はぜずに、ごく当たり前の質疑でした。

例えば、「日本の印象」、「来日の目的」、「日本映画は見たことがあるかないか」、「映画とテレビの仕事のどちらが好きか」「今後の出演計画はどうか」などでした。

彼女の答えは
「韓国で米軍んの慰安に行く途中にに寄ったが、想像していたよりはるかに日本での歓迎が凄く驚いたこと、食事も刺身はちょっと抵抗がありましたが、すき焼や天ぷらは最高でした。歌も好きなので今後はどんどん良いミュージカルに挑戦したい」
とのことでした。

特に問題は無かったのですが、私の印象では映画の役ではかなりグラマーばかりが売り物のようですが、実際の声は映画のようなコケティッシュな話し方ではなく、綺麗な、上品な標準米語でした。果たして、それが演技だったか、地であったか知る由もありませんが。


― 近くでみたマリリン・モンローはやはり美しい方でしたか?

厚化粧のメークが無く、素顔に近い化粧でしたから、好感が持てました。素肌が透き通る感じで、知的にさえ思われました。実は2メートル近くで写真を撮らせてもらいました。


写真撮影:トミー植松
奥がマリリン・モンロー
手前は夫で大リーグスター選手のジョー・ジマジオ


― 英語検定試験でも1975年から20年余、1級の面接官を努めてらっしゃいます。面接では受験者のどのような点を重視して面接なさっていましたか?また、英検面接の受験者に対して、なにかアドバイスはございますか?

聞かれたことにずばり短くはっきりと答えることが原則です。話に詰まっても言葉と言葉の間に、無意味な間投詞をやたらと入れないこと。例えば、"Well, let me see." とか "What shall I say?"など。
特にYes と No. の使い分け。
例えば、"Were you there last year?"に対して答えが "No" であれば、 "Oh, you weren't?"(いらっしゃらなかったのですか)もう1度聞かれた時の受け答え「はい、いませんでした」はYesではなく、"No, I wasn't."(はい)が正解です。普段からの練習が必要です。


― NHK海外放送"Hello from Tokyo" 及び "The World Interacted"で22カ国に向かって「日本文化」解説なさっています。このときはなにか重視したポイントはございますか?また、海外の視聴者からはなにか反応はございましたか?

「日本の文化」のセクッションでしたから、日本の歴史、習慣、礼儀作法、冠婚葬祭などに加えて近年は三大将軍のように歴史上、日本人なら誰でも知っている人物を紹介しました。外国人に分ってもらう為には、具体的な説明が必要でした。

1ヵ月何百通という手紙や、ハガキ、メールが殺到しました。リクエストのほか、お褒めの言葉も随分頂きましたが、「旧暦と新暦の換算が違っているのではないか」という問い合わせや、「花見」の紹介の時「桜の花の下で、宴会をする。。。」などと事実を紹介したら、「日本人は本当に花を大切に思ってはないのではないか」との苦言がイギリスの女性から寄せられました。


― 現在全国の高等学校で使用中の教科書「英語実務」(実教出版) は編集主幹をなさってらっしゃいます。とくに意識なさった編集方針や注意点はなにかございましたか?

主に商業高校の学生たちが、将来職場で必要とする用語や状況を意図して、実際の状況を細かく分類して、応用会話をふんだんに取り上げました。カセットテープをつけたので、教員からも好評を頂きました。


― 「英語で紹介するニッポン」「とっさの英会話」ですが、紙書籍の段階で両方とも大変なロングセラーですね。それぞれ具体的には何部ずつぐらい、何年間ほどにわたって発売されたでしょうか?

前書は1981年から約20年間の間、毎年2,3回は増版していましたから、延べ24-5万部くらい出ました。

後書は1983年に本編、1984年に続編、1985年に続々編が出ましたが、数年間で30万くらい出ています。


― 「英語で紹介するニッポン」の内容ですが、あらためて著者の立場からご案内いただけますか?

出版後外国人からを含む数名の読者から、「禅」を加えて欲しいとく要望があり、今回これを加えました。また、国定祭日は近年変更が多く、半分以上は加筆しました。


― 「とっさの英会話」の内容についても、ご案内いただけますか?

とっさに必要な表現は年数がたっても、そんなに変わりません。いざというときの状況は共通点が多いものです。最近明らかに違ってきたのは、公衆電話が極端に少なくなり、携帯電話が普及したことでしょう。必要に応じて携帯電話に関する表現は加筆しました。


― どうもありがとうございました。




トミー植松 プロフィール

著者画像

現在国際ロータリ・クラブ・古河東総括国際カウンセラー。最近まで白鴎大学英語主任教授及び同じ大学短大英語科科長。1995年まで玉川大学文学部英語科教授。1975年まで20年間毎日新聞(英字新聞The Mainichi Daily News)の記者。

その間、インドネシア・スカルノ大統領にインタヴュー、またマリリン・モンローとの記者会見で通訳を務め、プロレス全盛時代にはシャープ兄弟に同行、力道山の通訳も務めた。

大学生時代、毎日新聞社主催、NHK後援のもと、関東及び関西地区各50名、九州地区40名、中国及び四国地区各30名、東北及び北海度地区各20名参加の地方予選を通過した決勝選手20名が参加した全国大學英語弁論大会にて第1位獲得、優勝杯・マッカーサー杯を受賞。

文部科学省認定の英語検定試験では1975年から20年余1級の面接官を努める。

ラジオ番組では1970年より数年間文化放送にて「英会話」を担当、1974年からは文化放送の「百万人の英語」で20年間講師を勤める傍ら、1975年からは1980年まで日本短波放送で週末2日、わが国初の本格的英語ワイド番組 ”Tokyo Forum Get Together” で、ディスキー・ジョッキーを務めた。

また、昨年3月までNHK海外放送”Hello from Tokyo” 及び “The World Interacted”で22カ国に向かって「日本文化」解説を担当した。

また、テレビ番組ではフジテレビで1984年より1年半、また、NHK教育テレビでは1995年までに英会話番組を3度担当した。テレビ初登場の頃、字幕スーパーを手がけたこともある。全国での英語スピーチコンテスト審査回数は950回に及ぶ。


(著書)

現在までに著作76冊。
代表的なものにはジャパン・タイムズ社出版の「英語で紹介するニッポン」、評論社の「こんな時英語でどう言うか」、「英語のジョーク」(評論社)、経済界の「とっさの英会話」、英語教育協会の「60日英会話特訓」などがある。その他主なものには「英語のスピーチ」及び「英語スピーチ実例集」(創元社)、「英語1分スピーチ」 (ジャパン・タイムズ社)、「英語スピーチ活用集」(研究社)、「ホームステイの英語」(研究社)、「社会人の英語」 (研究社)「英語の迷信」 (サイマル出版)、「就職の為の英語面接」 (玉川出版)、「似た英単語の使い分け」(玉川出版)、「New English: 文部省不認定(?)英語教科書」(株式会社アルク)、「電話英語のフレーズ」 (日本実業出版)、「英会話・基本フレーズ68」(PHPエディターズ・グループ)、「TOEIC「問題」のガイド・ブック」、「TOEICに出る英単語と問題」、「英語おもしろウオッチング」(ユニコム社)、「漢字面白クイズ」(経済界 リュウブックス{タツの本})、「英語面白ゼミナール」(実業乃ニッポン社)、「ブレーン・エックササイズ」(玉川出版)、「英語の決まり文句100」、「蔵出し英単語ものがたり」(創元社)などがある。なお、現在全国の高等学校で使用中の教科書「英語実務」(実教出版) はトミー植松編集主幹によるものである。