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大山国男さんインタビュー


大山さんは現在南米イグアスに在住し、日系人の教育環境整備に尽力されている方です。
語学にも堪能で、座右の書として名高い「衣服哲学」を丁寧に翻訳されました。
翻訳にいたった経緯や、翻訳中に感じたこと、また現在お住まいの南米イグアスの状況などについて、大山さんにお伺いしました。

衣服哲学



― タイトルの「衣服哲学」というのは変わった印象がありますが、どのような意味でしょうか?

私たちは衣服を木の葉か鳥の羽毛のように、人間にもともと備わっているものと思いやすいですが、考えてみると、寝るときはパジャマに着替え、風呂に入るときは裸になるわけです。

そしてその時その時によって衣服を着替えているわけですが、真剣にその意味を考えたことがない、それを哲学してみようと言う意味だと思います。

そして人間のまとっている衣服だけでなく、自然そのものがまとっている衣服というところまで考えると、すべては神が創造されたものというキリスト教的バックボーンからそれらが神の衣裳(衣服)であるという結論になると思います。


― そもそも衣服哲学とはどのような内容の書籍でしょうか?

衣服とは人間が着ている衣服ばかりでなく、神に創られたすべてのものがまとっているものとして考えられるのですが、究極的には時間も空間も人間が作り出した衣服に過ぎないというわけです。

いつでも、どこでも出会うことのできるもの、神と魂との出会いに絶対的な価値を置くわけで、現代の物質万能主義や科学技術万能主義とは真っ向から反対の価値観だと思います。

一般にこの本は第2巻のカーライルの自伝的物語の中の特に、「永遠の否定」と「永遠の肯定」とかがクローズアップされていますが、上記のような観点からの人生についての深い洞察がなされている点では注目に値しますが、もともとカーライルが言わんとしたことは何だったのか?第3巻にもっと注目すべきではないでしょうか?

そこには色々な意味で「衣服」を取り去った後の価値観が述べられていると思います。


― 著者のトーマス・カーライルとはどのような人でしょうか?また、どのようなきっかけで衣服哲学を書かれたと思われますか?

カーライル自身が内に天才的なひらめきを持ちながら、現実の少年時代から壮年時代に至るまで大変苦労した人間だったように思われます。

外部の人たちの無理解だけでなく、自然の中の道理としての必然性に圧迫されそうになりながら、しかしその中で人間としての永遠の存在価値を見出しています。

第2巻は彼の自伝的小説と言ってもいいと思いますが、第1巻からトイフェルスドレックを登場させて、世界に対するちょっと穿った見方を衣服の哲学という形で紹介していますね。

彼が政治家とか、事業家として成功していれば、現実の世界にそれを投影させていたかも知れませんが、残念ながら、時代的背景も、彼自身の運命もそういう方向には行かなかった。

それで彼は自分の中に沸き起こって来るひらめきを、このような形でまとめたのだと思います。


― 新渡戸稲造も衣服哲学を座右の書としていたようですが、どのような影響を与えたと思われますか?

これがなかったら自分はどうなっていたか分からないと言われるほどに、新渡戸稲造の人生のよりどころとなったのが衣服哲学でした。それは彼が人生の真実を見通し、妥協しない人生を歩もうとしていたからだと思います。

日本とアメリカが戦争の危機にあったとき、彼は身をもってその仲介に当たるべく奔走しましたが、カナダで客死しました。

殺されたり、病死したりする偉人は多いですが、使命の途中で客死した人は少ない。彼はどこどこまでも自分の使命を全うしようとして生きた人で、「衣服哲学」を受肉していたからこそそれができたと思います。


― 台湾の李統輝元総統も衣服哲学を座右の書としていますが、どのような影響を与えたと思われますか?

李登輝さんが日本で受けた教育の中で特に衣服哲学を学んだことを挙げているのは、武士道を高唱した新渡戸稲造の影響でもあると思います。

ある高い山の1メートル四方しかない頂上に登りつめた時に、頼れるものは自分だけ、あるいは自分の信仰だけだったと仰っていますが、それを形成したのが、武士道であり、衣服哲学だったわけです。

李登輝さんを通してみると、大陸中国の浅薄な政治とそれに迎合している日本の政治家の姿が見えてきます。衣服を通してその背後にある本質を見ることができたということでしょうか。


― 大山さんが衣服哲学を翻訳されたきっかけはどのようなものでしょうか?

生涯の恩師である手島郁郎先生から、これを読んだらいいと言われていましたが、何処にも見つけることができませんでした。

李登輝さんの武士道解題を読んであらためて、この書の重要性に気づき図書館で探してもらってとりあえず読んでみたわけです。

もし簡単に手に入って読んでいたら、難しい本だというレッテルを貼って押入れの奥にしまっていたかも知れません。

しかし図書館から期限付きで借りたこともあり、何とか理解したいと英語の原文に当たってみて意外にすらすらと解ったのが、翻訳してみようという気になったきっかけだと思います。とにかくその時は翻訳書さえ手に入らなかったわけですから、自分が何とかしなくてはという思いになったわけです。


― 翻訳なさる際に注意なさった点はなにかございますか?

この本を読むくらいの人はたいてい英語をある程度理解していると思われましたので、最後に述語が来ることの多い日本語にとらわれず、カーライルは英語で考えていた人ですから、英語の語順を彼の思考経路と考えて、訳しなおしました。

また、彼が大文字で書いているところは、太字にしてあります。


― 翻訳なさる過程で必然的に原文を詳細に読み込まれることになったかと思いますが、詳しく読み込むことによってとくに感じたことは何かございますか?

それは一杯あります。

しかしそれはより深く理解したという程度ではなく、カーライルをして霊感したのと同じ霊感を受けたということで、おこがましいのですが、カーライルはそれを英語で表現し、私は私の知っている日本語で表現したにすぎません。

翻訳書を読む場合、特にそういう態度がないと作者の言わんとしていることがほんとうの意味で伝わらないのではないでしょうか。


― これからの時代に、どのような立場の方にとって衣服哲学はお勧めでしょうか?

温故知新という諺がありますが、過去の人の言葉からインスピレーションを受けて、積極的に現代に生きようとする人には、原点に帰るという意味でお勧めです。


― 分類としては難解な書籍になるかと思いますが、読むにあたって留意しておいたほうがいい点などなにかアドバイスはございますか?

ひとりの神がこの世界を創造されたという聖書的思想が背景にあり、随所に聖書からの引用があります。聖書は少なくとも一読してからこの本を読まれることをお勧めします。

実は聖書そのものが霊感の書であり、ギリシャ哲学の知(ソフィア)に対して、行(ユダヤ民族の実際の歴史)が綴られています。

単なる知的理解のためにこの書を読まれることはお勧めしません。


― 大山さんは現在イグアスにお住まいとのことですが、国としてはどちらになるでしょうか?また、移住なさったのはなぜですか?

南米の真ん中、パラグアイという国のブラジルとアルゼンチンに国境を接している町の近くの日本人移住地です。

移住したのは偶然の結果と言っても良いでしょうが、人はそれぞれやがて地球上のどこかに住みつくことになるので、良かったと思います。住めば都で、まだまだ大自然が残されているところです。


― 住み心地はいかがですか?

日本とは地球のまったく反対側なのに、日本語が話され、日本的社会生活ができるので、私には住み心地がいいところです。

おまけに自然は豊かで、星は輝き、人の心も情があります。



いわゆる文明社会から取り残されているかも知れませんが、もう自分の墓地を日本円で4千円の値段で買いました。今楽しいというだけでなく、死んだ後もここに眠っていたい、こんな気持ちはちょっと解らないでしょうね。


― 大山さんは現在イグアス移住地において日系人の教育環境整備のお仕事をなさってらっしゃるとのことですが、よろしければすこし詳しくお教えいただけますか?

昨年ブラジルの日本人が移住百周年を迎えましたが、その時にサラダ文化論ということが言われたそうです。世界中から独特の文化をもった人たちが集まって作っているのがブラジルで、それぞれが個性を保ちつつミックスされて社会を多彩に彩っているわけです。

北アメリカは残念ながら、自由と平等という架空の観念で一つになっているように見えますが、未だに人種差別とか、貧困があるようですね。

南米に日本人が移住して来た目的は、当初は故郷に錦を飾るという願望もあったでしょうが、今では南米社会にすこしずつ根を降ろしつつあります。パラグアイなどはこれからです。

このときに一番大事なことは教育ですね。教育は百年の計と言いますが、せっかく日本人として生まれて来た子供たちが、日本語も知らず、日本文化も理解しないで育って行けば、アイデンティティのない人種としてやがては消滅してしまうでしょう。

それにこれからの世界は、日本的な価値観を必要としていると思います。「もったいない」とか、「惻隠の情」とか色々言われていますね。

とにかく、西欧やアメリカの合理的思想や科学技術の文明は行き詰っています。今こそ日本人が営々と培って来た日本文化から学んでその土地その土地で花咲かせる秋ではないかと思います。そのための担い手が日本人です。

私はそのような日本人を一人でも多くこの地から育てたいと願っています。


イグアス日本語学校

イグアス日本語学校ブログ:http://blog.goo.ne.jp/nihongogakko/


― どうもありがとうございました。




大山国男 プロフィール

著者画像

●著者:トーマス・カーライル(Thomas Carlyle)
1795 年12 月4 日 - 1881 年2 月5 日
石工ジェームズ・カーライルの子として、スコットランドに生まれた。父のジェームズは、腕が確かで、剛毅な、しかも喧嘩好きな人物だった。しかも信心深く、読書の嗜みもあり、機知も備えていたようだ。
カーライルの「奔放な流れるような文章」や「主としてユーモラスな効果を得るために」誇張された「箙のような言葉」などはそれを源流としていると思われる。
彼は牧師となるため、エジンバラ大学に学んだが、そのあまりの懐疑の深さからか、教会信仰を捨てざるを得なかった。そしてその後、しばらく数学の教師をしたこともあり、一時は法律を勉強して弁護士になろうとしたこともある。そのためにドイツ語を学んだが、それがドイツ文学に彼の眼を開くきっかけとなったのである。
殊に、ゲーテや当時の超越論的な哲学に深く影響され、二十三歳の時、遂に自分の天職は著作活動にあることを悟るに至った。
三一歳になって、彼はジェーン・ペェリ・ウェリッシュと結婚し、その後、クレインプトックにある彼女の小さな所有地に引きこもって、読書と思索と著述の六年間を過ごしたのである。彼の妻は機知に富んだ教養ある婦人で、熱心に彼を励まし、その仕事をあと押しした。
その後ロンドンに出てきたが、著作上の必要から、一度ならずフランスやドイツを訪問したほかは、生涯をそこで過ごした。
三五歳の時に本書「サーター・リザータス」をフレーザー誌に発表した。四二歳の時には「フランス大革命史」、六三歳の時には、実に七年間かけて「フレデリック大王伝」が公刊されたのである。
また彼が四五歳の時に講演した「英雄、および英雄崇拝」は、後に出版され、カーライルの代表作の一つとなったことはよく知られている。
彼の哲学は、冷静な哲学者の秩序整然たる著作ではなく、苦悶、懊悩を極めた魂から絞り出された絶叫の連続というものに近い。
彼は、神こそが力と正義の根源であって人間を支配していると信じていたし、理性よりも、神秘的な啓示に真理の光を求めた。彼にとっては、精神と意思が知力よりも遥かに重大なものであったのである。
彼はまた、過去を不滅のものとし、「真の過去は去りはしない、過去における価値あるものは一つとして去りはしない、人間の実現させたいかなる真理、いかなる善も未だかつて死にはせぬ、否死ぬことが出来ない」と述べている。
このため、彼は、偉人の影響というものに注目した。英雄巨人達の世界に対する支配は霊的支配であり、つまり人格化された力 (FORTH) であった。
更に、彼には一種不可思議な先見の力があった。彼の眼光は詩人のそれに等しく、科学者の散文的なそれよりも遥かに深かった。それゆえに、彼は当時の功利主義に対して徹底的に挑戦したのである。
歴史家としてのカーライルには、過去を読むにあくまでも現在の光をもってし、その強烈な想像と、絶大な描写力とは、自身で親しくその危機を踏んで来た人に見るような激情と熱をこめて、彼をしてあたかも、その伝道者のようであった。
実際、その心理的洞察が一つの啓示として彼に真理を示している場合が少なくない。彼は自分の感情を抑えることなく、代弁者らしい熱烈な口調で歴史的事実を描写するのである。
彼の最大の功績は、過去の人物に対して驚くべき、強い現実性を与えて、彼らの挙動をあたかも眼前に見るように生き生きと表現していることである。
フランス大革命の歴史を彼より公正、賢明に書いた人はあろう、しかし、その憤怒、勇ましさ、果敢さ、厭わしさを描いた点でカーライル以上に出た人は一人もない。
これは偉大な文体であり、時に雄弁に高潮し、他人のいくつもの文章よりも遥かに啓示の力に富むほんの少しの章句を生み出す。そして、それが歴史的に正しいにせよ、正しくないにせよ、どれも忘れがたい印象を残すのである。  
その上、彼の暴風のような激烈な精神がその歴史的著作に一種の叙事詩のごとき振動を与え、いつまでも動いているように見え、いかにも現実らしい渦紋と味わいを持って描かれているのを我々は見る。
カーライルは歴史家としては孤立不群である。彼を模倣することは出来ず、追随することも許されない。疑いもなく、彼の魂は、古来歴史にゆだねられた最も偉大なものの一つであった。
「サータア・リザータス」/ 柳田泉訳の中のカーライルの紹介文より抜粋。その他に、The Columbia Encyclopedia, Sixth Edition. 2001-05.より、補った。

補足:カーライルについて更に有名なのは内村鑑三が「後世への最大遺物」の中で数十年を費やして著した「フランス大革命史」の原稿を女中の不注意から一瞬にして焼かれてしまった時、再び筆を取って書き直したということである。どんなに我々がやりそこなっても、不運な目に遭っても、その時に力を回復して、その事業を諦めてはいけない、勇気を奮い起こして再びそれに取り掛からなければならないということを彼は行動によって示したのである。このことによって彼は後世に非常な遺物を残してくれたのであると、内村鑑三はカーライルを絶賛している。
参照:「後世への最大遺物」/内村鑑三

以上、訳者大山国男記


●翻訳:大山国男
1949年7月31日 茨城県に生まれる。19歳で聖書の地イスラエルに渡り、キブツでヘブライ語を習得後ヘブライ大学で「ユダヤ思想史」を学ぶ。中退して後イギリス、フィンランドに私費留学、英語、フィンランド語を習得。日本に帰国して結婚、その後、南米パラグアイに移住。スペイン語を習得。六男一女に恵まれる。一旦日本へ帰国したが再移住し現在はイグアス移住地において日系人の教育環境整備のために奔走している。

「衣服哲学」は少年時代の煩悶から始まるさまざまな人生における疑問を解明してくれた稀有の書であり、福音書とも言える。現在は先人のそのような霊感に満ちた書を、現代人に分かりやすく書き下ろすことを使命としている。
詳しくは本人のブログを参照 http://blog.goo.ne.jp/goodbook_1949/